2007-06-16
強い人たち、正しい人たちだけしかいない世界に価値はない。

高度なサーチとマッチング技術、それらを実現する膨大な演算能力が現実のものになった現代、インターネットに必要なのはより多くの生データである。より多くの人々の声をデジタル化し集積することこそが価値を生むのだ。
「人々」というのは、アーリーアダプターな技術おたくのことだけを指すわけではない。この文化のうえでうまくやっていける人だけのことを指すわけでもない。
はっきり言おう、お前らだけじゃ全然足りないんだよ。世界にあまねく存在する弱者、異端、きちがい、病気、ネガティブ、打たれ弱い、異常、非道徳、非常識、奇形、被害妄想、邪悪、そういった人々の声もインターネットは集積せねばならない。
そのためのアーキテクチャというのは、確かに必要なんだ。
※これはファイルの中にあった2007年当時のブログからの転載。
少しバックアップのデータを示すと……
◆2004年2月 mixi 開始
◆2001年8月google 日本で…
◆2008年4月twitter 日本で…
◆2008年5月facebook 日本で…
こんなまだまだの状況でここまで論じているのは、ホントよく見える人だなァと改めて感心する。
さらにこれは今風にいって「ビッグデータ」のことを言っているのと同時に、
「文化人類学」的にも優れた知見になっている。
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