自己申告


作家の山田風太郎が1997年に脳溢血で死んだ。75歳。
95 年からパーキンソン病と糖尿病で通院を続けてはいたが、
毎晩ウイスキーのオンザロック二杯を欠かさず、この日もなみなみとコップに注いだリザーブを飲み干したあと、バサリと食卓に伏した。
夫人が「あなた」と声を掛けると、「死んだ……」と呟いたという。
(これが人生のラスト・メッセージ)

当日食卓に乗っていたのは、じゃがいもを添えたビーフステーキ、マグロとヤリイカの刺身、トマトとピータンのサラダ、豆腐となまり節の煮物、白身魚吸い物などなど。 「戦中派」の彼は、食べ物に大変に苦労したので、毎夕食夫人の手料理が十品ほど並んでないとダメだった。ウイスキーボトルは三日で一本が空く。タバコは息を吸うが如く嗜む。

この夕食の後寝て12時に起き、明け方まで執筆して、朝また寝るという生活だったという。
(『週刊朝日』平成8年8月30日より)

自分の死を自分で告げる。 自己申告ってやろうと思えば、できるんだね……。  

§……とまあ、こう言う風に書いたのですが、よくよく見ると【山田風太郎自筆死亡記事】ってなっているではないですか。実際には2001年(平成13年)79歳で逝去しています。
ただ、1997年以前に、自宅で泥酔して、段差を踏み外して大転倒をした。メガネのフレームははずれサシ歯が3本飛んだ。立ち上がり自分の部屋にゆき、朝まで熟睡。 実は前夜の転倒の大音声に奥さんが駆けつけ〝どうしたの!〟と助けおこしたときに虫の息で「死んだ……」とひと言呟いたという。 対談相手の関川夏央へ「これこそ名文句じゃないか。簡にして要、自分の言葉ながら、これをよく覚えておいて、本番のときもう一度やってみようと思っている。もっともこれは〝過去形〟だから、死んでから三分くらいして、やおらつぶやいてみたいがね」 と語っている。(『戦中派天才老人山田風太郎』)
79歳の実際のときに、この〝死言〟を使ったかどうかは知らない。


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