今日は死ぬにはもってこいの日

 


マンハッタンのイースト・ヴィレッジでホームレスが、

 「今日は死ぬのにもってこいの日だ」

 というプラカードを掲げて、道ゆく人々を落ち着かなくさせたという〝都市伝説〟がある。
これはナンシー・ウッドの詩集から抜き出した言葉で、彼女がサンタフェ近郊に住みついて、古老のインディアンから聞き取った「口承詩」を「叙情詩」として収めたものだ。それぞれが独立した叙情詩ながら、この本全体が一編の長編の叙情詩にも受け取れる。

今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
わたしの畑は、もう耕されることはない。
わたしの家は、笑い声に満ちている。
子どもたちは、うちに帰ってきた。
そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。

 (ナンシー・ウッド :日本語版は『今日は死ぬのにもってこいの日だ』になっているが、原題:は〝Many Winters〟)
 ▼ナンシー・ウッド :1936〜2013:アメリカの作家、詩人、写真家。子供向けの小説、フィクション、ノンフィクションだけでなく、数多くの詩集を出版。彼女の作品の主なテーマは、アメリカ南西部のアメリカン・インディアンの習俗・文化。

(タオス・プエブロ)


 ニューメキシコ州のサンタフェからさらに北へ車で一時間ほど、プエブロ族が千年以上前から増築・補修を繰り返してきた日干し煉瓦の共同住宅を含む村落「タオス・プエブロ」がある。「タオス・ブルー」と言われる突き抜けた青空の下にベージュ色が映える。  ナンシー・ウッドがここへ28年も通いつめ、古老のインディアンに私淑して、彼らの「口承詩」や生き方を「叙情詩」として定着させたものがこの詩集だ。
ここで驚くのは、彼らの「死生観」で、「死」への恐れがまったく見当たらない。この詩集の冒頭の〝Many Winters〟に根拠があります。 つまり、私たちの文化での「冬」が意味するものとは異なり、彼らにとっての「冬」は「再生」と「甦り」なのです。全ての「罪」も「悪」もリセットされます。贖罪という観念もない。季節も生命も直線的に始まり終わるのではなく、円環的つまりサイクルという認識なのです。
だから、晴れて気持ちのいい朝にはわざわざ隣の家を訪ねて、「今日は死ぬにはもってこいのいい日だ」と挨拶に行くのだ。 冒頭の11行全体のコンセプトを表すインディアンの言葉がたった三音節のHo Ka Hey!で表わすという。

 1876年、フロンティア史で有名なモンタナ州「リトルビッグホーンの戦い」で、カスター率いるアメリカ陸軍をシャイアン族、スー族などの連合が一人残らず殲滅するのだが、インディアンの戦士たちが、バッファロー狩の要領で馬体ごと寄せて撃つ、刺す、殴る、突き落として戦ったのだが、その時の発声が「ホカヘイ!」「ホカヘイ!」なのだ。
白人には意味が分からんとしても、〝命知らず〟感は充満していたと思う。無敵で怖い。 なんたって、「今日は死ぬにはもってこいの日だ」ってことなんだから。 日本の「特攻零戦」を少し連想させているが……。
 そして、カスター指揮下の「第七騎兵隊」225名全滅。インディアン側も相当な戦死者だったという。

そして、14年後の1980年のサウス・ダコタ州での「ウーンデッド・二ーの虐殺」。同じく「第七騎兵隊」で「リトルビッグホーンの戦い」の復讐にも見えるが、総決算でもあった。
とにかく、これにて「インデイアン掃討殲滅最前線(フロンティア)」 は役目を完了して消えた。


(スー族の酋長「ビッグ・フット」の死体を眺める騎兵隊。)

1コメント

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  • nymimi

    2021.09.13 00:47

    Mimiです。私がアメリカに住み始めてから数年後、ネイティブ・アメリカンの世界観がアジアの、日本のアニミズムと非常に似ていることに興味を持ち、ナバホ族、アナサチ族の居留地そしてTaos Puebloなどを訪れたことがあります。そのとき、いまだに「あえて」電気もガスも水道もない「川で洗濯、一年に一回タオスプエブロの村民全員がその川の源をたどって川の神様に何週間もかけてお礼の「祈りの旅」をすることを知り、今でもそれを守っていることに深い尊敬と畏怖を抱きました。彼らの革職人の人の顔が、日本の知人の渡辺さんにそっくりだったこと(アジア人にルーツもある)も忘れられません。彼らの美しい生き方を、思い出させてくれてありがとうございます。

砕け散ったプライドを拾い集めて

ことば、いい話、ワロタ、分析・洞察、人間、生き物、身辺、こんな話あんな話、ショート・エッセイ、写真、映像……など