コンドルが飛んでゆく


もう40年も前のワシントンDCでのクリスマス。
ベネズエラ人オランドとコロンビア人デニス・カーンの二人の御学友から、カーンのアパートでのクリスマス・パーティに誘われた。招待受けたのはわれわれ夫婦ともうひと組みの日本人夫婦。

オランドの英語は私同様に酷いものだったが、デニスの英語は目を剥くほどにうまい。ときどきいるのだが、耳から入った音をそのまま口から出せる“オウムの才能“の持ち主っている。英語以外では、もちろんスペイン語、フランス語、イタリア語も少々、そしてドイツ語と言っていた。

ラストネームからも風貌からもドイツ系は確か。親友のオランドの話だと、祖父ががコロンビアに逃げてきたナチスだったらしい。だが、今日はパーティだ。話柄はそちらには向かない。

メインディシュは昼から骨つき鶏をワインだけでコトコト煮込んだもの。これが望外においしい。われわれ日本人グループがなけなしに知っている『ベッサメ・ムーチョ』や『キエンセラ』を歌いあって宴もたけなわ。窓の外はいったん止んでいた雪がまた散らついてきた。

『われわれ南アメリカ人の……』とデニスが切り出してきた。彼らはよくこの言い方をする。つまり、ブラジルのポルトガル語を除けば、みんなスペイン語をしゃべっているので「言語が祖国」になってしまうのだろう。 『われわれ南アメリカ人の魂の歌を聴いてくれないか?』と取り出してきたレコードがウニャ・ラモスの『コンドルは飛んでゆく』だった。
ペルーにつたわる民話をもとに作曲されたという。底抜けに明るいかと思えば悲しく淋しく、時には高まり時には沈む。澄み切ったアンデスの青空を高く舞うコンドル。……地球上でいちばんの高みを飛ぶというこの鳥を見事に描写している。

窓の外はさらに激しく、遂には吹雪になっている。
暖かい部屋は忍泣きしているようなケーナの響き。
白い吹雪のなかをコンドルが飛んでゆく。



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