【分析・洞察】
facebookを観察していると、つまりは次の二つに機能にまとめられるのだろうなって思う。
ーシグナリング
ーソーシャリング
「シグナリング」というのは「シグナル」を出すこと。:“一流大学が一流の人材を育てる”なんてことはなく、一流の人材が自分の優秀性を知らせるために、いい大学へ入るだけのこと。その大学の卒業証書は「最初からその実力があった」ということになる。
これはノーベル経済学賞を受賞したアメリカのマイケル・スペンス博士の理論なのだが、さすがにこれだけではノーベル賞は貰えない。これを拡大解釈して、情報の非対称性のある市場で、情報を持っているサイドが情報を持っていないサイドへ情報開示を行うことを「シグナリング効果」と名付け、ミクロ経済学に関する概念を設定した。
(なお情報を持たないサイドが持つ者へ情報開示を求めることを「スクリーニング」<選定>という。)
facebookにおいては「一流大学」のみならず、一流かもしれない勤務先、一流と見なされる家柄、住んでいる億ション、一流ゴルフクラブ、美人の奥方、出来のいい子弟、豪華なディナー、ゴージャスな海外旅行……などなどの「シグナル」が隅田川の花火のようにポン!ポン!と打ち上がる。それはそれは華麗なもの。
「ソーシャリング」:英語で「彼は社交家だね」というときsocialという単語を使うことでもわかるように、社交活動です。たくさん仲間を集めてパーテイをやったり、映画鑑賞会、朝市、花火大会とか……同好会を組織したり、はたまたNPOを組織したりなどなど。
多分、facebookの当初の使い勝手というのは、この「ソーシャリング」だったと思われる。そうなんだ……FBを好きになれない人は「シグナリング」が鼻について堪らないという人たちだ。
いわゆる水平ではない関係で、真に相手を欲しているのは実は優位にある者のほうだ。……見上げられるという位置に止まろうとする者は、好きなときに覗き込める他者の瞳、うぬぼれ鏡を必要とするからだ。
(柚木麻子『けむたい後輩』)
すごいですね。「うぬぼれ鏡」を“下位の者”そのものに持ってくるのって?!
「見上げられてドヤ顔したい者」がいつでも、うひひ!って覗き込む「うぬぼれ鏡」になんか誰もなりたくはない。“お前が上でオレが下なの?”ってね。
このSNSというメディアはどこへ漂着するのでしょうか?
ずっとずっと漂流したままなのでしょうか?
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