【ショート・エッセイ】
紅葉が覆いかぶさるような林の道を歩いていた。
向こうから年配の男が人がゆらりと歩いて来る。軽く頭を下げてすれ違おうとしたら、
「すみません、今何時ですか」と聞く。
「あ、今は3時に5分前ですね」と答えた。
「ありがとうございます。じゃ、時間とは何ですか?」
と囲碁の〝打って返し〟のように訊いて来る。
周囲の木々の幹々がダリの“柔らかな時計”のようにぐにゃりと歪んだ。
その爺ちゃんは答えを待って、こちらの顔を覗き込んでいる。
「『一度にすべてのことが同時に起こらないために、時間はただ存在する』……と言った人がいますが……」
「なるほど……」 と言って、踵をくるりと返して私が来た道をゆるやかに遠ざかっていった。
風もないのに、黄色い葉赤い葉がざわざわと一気に落ちた。
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