一目惚れ

(上画像:武相荘:入り口付近から母屋を臨む。)
(下画像:白州正子と白州次郎

比較的近くにあるのになかなか足が向かなかった「武相荘」(武蔵の国と相模の国の境にあるのでこう付けた。もちろん「無愛想」に掛けてある。)に出向いた。後年、駐留軍から「従順ならざる唯一の日本人」と言われた白洲次郎。その彼が「太平洋戦争」は長引くとみて、疎開先として今の小田急線の「鶴川」に近い竹林のなかに農家の屋敷や蚕部屋をリノベーションして妻・正子と三人の子供と住んでいた屋敷。それが今では一種のミュージアムになっている。

次郎は芦屋のおぼっちゃんに生まれたが、実家が破産したのでイギリス遊学を切り上げて帰国してきたくらいなのに、どういうわけか一生贅沢をして過ごした。 金をつぎ込めばこういう林のなかにこういうものを建てられるものなのか……と思い、邸内をゆるゆると歩いた。

藁葺き屋根の本邸の展示品はほとんどが正子の集めた骨董で占められている。唯一と言っていい次郎の展示品が「遺書:葬式無用、戒名不要」と和紙に筆で書かれたもの。(次郎は死ぬ前に手紙、書類などは全部焼却したとも聞いた。)

この武相荘」でNHK「日曜美術館」の正子にフォーカスを当てたものをビデオでやっていた。そこでの発見。

正子は14歳でアメリカへ留学、その帰国後の18歳。次郎は18歳でイギリスへ留学、26歳で帰国。
正子18歳、次郎27歳のとき、正子の兄の紹介で、茶席で出会った二人の間には、いきなり火花が散り、稲妻が轟き、ひと目で恋に落ちた。そして間髪を入れずに結婚する。

北康利の『白洲次郎 占領を背負った男』」から抜粋する。

〝なんて背が高いの、なんて凛々しいの、なんて甘いマスクなの、なんて気品ある物腰なの……〟
胸のあたりから零れ落ちてくる甘い花びらのようなコロンの匂いが鼻腔をくすぐるともういけなかった。 部屋の空気が急に薄くなったように感じ、胸のあたりが酸っぱくなってきた。頬が火照り耳朶まで真っ赤になっていくのが自分でもわかる。 いつもの威勢のよさはどこへやら、柄にもなく下を向いてしまい、こんな自分もいたのだと、どこか遠くにいる冷静な自分が感心してしまっている。 そう、まぎれもなく一目惚れだった。

一目惚れだったのは次郎のほうも同じ。 英国から帰国して、日本で見るものがすべて卑小・わい雑にしか映らなかったが、例外的に、日本の女性の可憐さや情の細やかさが以前よりずっと魅力的に感じられていた。 加えて正子は女性としては珍しく海外経験があり、はきはきとモノを言う。
彼女は次郎の理想像であった。 それから、毎日のようにラブレターを書いて送ったの。 そしてそれは全部英語。
Masa: You are the fountain of my inspiration and the climax of my ideals.
(正子、君はぼくのインスピレーションの泉であり、理想の究極だ。)

(とか言っちゃって。このタコが……)

芦屋の富豪の息子と華族令嬢の組み合わせだから政略結婚かなと思っていたが、

あにはからんや「一目惚れ」ですと。   


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