「ほんとうは傍にいたい。二十四時間抱き合っていたい。でもそれが出来なくても、黙ってその人を感じている。その人が世界の中にいるというだけで、存在が充たされ、磁石の針がぴたっと一つの方向を指すように、心はその人に向かっている。」
「一人の女がこれだけ心の底から尊敬し、慕い、全存在を賭けているということは、男を力づけないはずはない。私は秘書として有能でもなく、芸術家でもなく、いい女でもなかったが、あらゆる瞬間に自分のありったけのものを注いだということは胸を張って言える。出し惜しみはしなかった。」
「「恋なんて若気の至りだ」とか「いまさら、そんな」とか。なぜ? 八十や九十になって、若気の至りをやってはいけないの?」
画家・岡本太郎の秘書にして、実質的には妻であったが、事情があり、養女となっていた岡本敏子の岡本太郎に対しての想いを読んで、圧倒された。〝なんだろうな…この人〟って胡散臭く見ていたことを、裏返しされて、組み敷かれてしまった。情けなくTKOです。
自宅から車で30分ほどのところに「川崎市岡本太郎美術館」に行ったことがあるが、これも岡本敏子渾身のプロデュースと言われている。
京王線渋谷からJRに通じるコンコースに掲げてある『明日の神話』はメキシコのホテルの壁画として
描いたものだが、30年行方知れずなっていた。敏子がそれを探し出して、ここに掲げた。
自分の愛した岡本太郎が多くの人々にいつまでも記憶されるように……という活動が、太郎亡き後の敏子の生涯であった。
日本語にはなかなかなっていないが、彼女はまさしく「エジェリ」だ。エジェリ」と言えば直ちにこの女性の名前が挙がるのだろう。サルバドール・ダリの「ガラ夫人」。
ガラは芸術家にとって、常に創造力をかきたてる「ミューズ(女神)」だった。ダリの才能は、ガラに保護され、叱咤されることで華麗に開花したといわれる。
ガラ自身は書く才能も、描く才能もなかった。彼女が生涯に一貫して続けた行動は、「芸術家の熱狂に加わり、不安を理解し、作品を賞賛すること」だった。つまり、彼女は主役を興奮させ、仕事へと駆り立てる凄腕のマネージャーだったのだ。
ガラとダリの関係性は、太郎と敏子とのそれと100%符号する。
壮絶な人生というべきか?崇高な人生というべきか?
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