自分の牙が湾曲して伸び遂には脳天に刺さるという「バビルサ」という動物がいるという。それがため、〝死を見つめる動物〟と言われている。
「バビルサ」が生息するのはインドネシアのスラウェシ島ならびにその周辺の島々。「バビルサ」という名前は、現地の言葉で豚を意味する「バビ(babi)」と鹿を意味する「ルサ(rusa/roesa)」を合わせたものらしい。
柴田淳(女性のシンガーソングライター)が好きな友人がいて、彼女の『バビルサの牙』というアルバムの名前を口にした。「バビルサ……って?」と疑問符いっぱいで問いなおすと、さっとiPhoneで画像を見せてくれた。目の前をものすごく邪魔そうに牙が生えている。何かに使うものでもないという。
「ああ、これって〝定向進化〟ってヤツだよね?」
こんどはその友人が……
「定向進化ってなに?」
「つまりね、馬の背丈とかマンモスの牙のように一度進化の方向が決まるとそのほうへ一瀉千里で突っ走るってこと。『剣歯虎(サーベル・タイガー)』という巨大な虎は牙が伸び続けて、遂にはオノレの腹を破って絶滅したというのだが、それと『バビルサ』も似ているなって」
「へえ〜」
この〝定向進化〟って言葉は三島由紀夫が市ヶ谷で割腹自殺したときに、そのときまだ朝日新聞の記者だった本多勝一がこの〝定向進化〟という学術専門用語をつかって解説していた。その時始めて目にした言葉であったのだが、その意味を知るにつれ、的確に抉っている使い方に目が眩んだものだった。
三島は際限もなく伸び続けるサーベルでオノレの腹を切って果てた。
そう言えば、LAの大きな通りの一つに「ラ・ブレア」というのがある。その近くのウイルシャー大通りに「ラ・ブレア・タールピット博物館」というのがある。「ラ・ブレア」がそもそも「タール」の意味で、要するに「アスファルト」のことだが、そのタールの底なし沼に嵌って命を落としてタール漬けの標本になってしまったマンモスやサーベル・タイガーの骨が出てきている。
脳天を突き刺すバビルサの牙も腹を切り裂く剣歯虎のサーベルも、人間のイマジネーションの産物で、実際にはそういうことは起きない。ただ、メタファーとしてはなかなか使える。
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