ロサンゼルスという都市は1年中いつでも春夏秋冬を味合えるところだ。2〜3時間以内のドライブで──って聞いたことがあるが、きちんと検証したわけではなく、覚束ない。
しかし、ロサンゼルスから2〜3時間以内で行けるビーチが山のようにあることは確かだ。マリブ、サンタモニカ、ヴェニス・ビーチなどから海岸線を南に下りロング・ビーチ、ニューポート・ビーチなどを経由してラグナビーチまでずっとビーチ・シティが連なっている。
そのうちのマハッタンビーチのアパート(日本でいうマンション)に、日本の車メーカーから派遣され現地法人の副社長が〝単身赴任〟で住んでいた。ゴルフの後、彼のアパートまで送って行ったとき、〝ちょっと上がっていく?〟と誘われた。
5、6階だったと思うが、その部屋は〝おとこやもめ〟の割にはキチンと片付いている。彼がコーヒーをドリップしてくれるという。
こちらは部屋から続きの屋外のバルコニーのテーブルで、その〝淹れたて〟を待っている。パラソルの下を通り過ぎてゆくブリーズは湿気がほとんどない爽やかさ。手摺り越しに見下ろしたビーチでは、若い男女がビーチバレーに興じている。もうそろそろ夕方4時なのだが、まだまだ太陽は力を失っていない。
いい香りのコーヒーが運ばれてきて、男二人だけのブレークタイム。
ふとビーチ越しの海へ目をやったときに、潮が高く吹き上がった。
「鯨ですよね?」
「そう。よく来ているみたい……」
華やいだ「ビーチバレー」に「鯨の潮吹き」で、こちらはすっかりヤラれて〝あ、負けた〟という気分だったのだが、彼のリアクションはほぼ黙殺で、話は全く展開していかない。
司馬遼太郎さんが、
「人間の感情をピアノとするなら、人によって鍵盤の多寡が違う。多く持って生まれた人は、ときに現実以外のことでも感情の音律が鳴って、そのぶんだけ人生が感覚的に豊富になる」
と言っているが、この副社長の鍵盤のそのあたりはすっかり欠落していてないようであった。
……というかむしろ、単身で異国にいる彼にすれば、キラキラし過ぎている太陽光線、白い砂、蒼い海そして鯨の潮吹きの全てが自分の〝暗愁〟やメランコリーを癒すのではなく、そのことがかえって逆撫でして血を滲ませているのだろうなってことは分っていた。 自分自身だってここで暮らしているわけだから。
湿り気の多い国からやってきたわれわれには、この酷く乾いた気候とそれと同様なコミュニケーションにはどうしても肌や心にひび割れが生じて、保湿剤が必要になる。彼にはその保湿剤の持ち合わせがないように見えた。
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