クジラ52


鯨は歌を歌ってコミュニケーションを取る。彼らの言語が人間からすれば歌に聞こえるという方が正確なのだうけど。
 一般のヒゲクジラ類が15~25Hzの周波数を使って、彼らの歌で互いに呼び交わすところを、なぜかこの個体だけがより高いピッチの52Hz(51.75Hz)の周波数で歌っている。それゆえに「クジラ52」と名付けられている。
……ということは、つまり自分の仲間の誰ともコミニケーションできないということになるのだ。あの広い海で、まったくの孤独。
その歌声が確認されたのは1989年、「アメリカ国立海洋大気圏局」の水中聴音器のネットワークが捉えた。それから33年以上一人ぼっちで歌い続けている。ヒゲクジラ類は70〜80ほど生きるはずだが、今も孤独に歌っているのかしら?
ただ、依然として誰も「クジラ52」の姿を捉えたものはいない。だが、確かに存在しているという。 クジラの歌はsongって呼ぶが、牡だけがsingする。雌への“愛の歌”を……永遠に届かぬ歌を33年も歌い続けている。
この先も寿命がどれほどあるのかは知らないが、歌い続けるのだろう。 誰にも聞こえていないのに。

この話で『イシ~最期の原生インディアン』という本をちょっと思い出した。
 カリフォルニア州の首都サクラメントに程近いオーロラヴィルの部落に住んでいたイシは一族親戚を白人の〝インディアン狩り〟で皆殺しにあったが、彼だけは逃げ延びて生き残った。洞穴や林の木々に隠れて20年間一人ぽっちで生きてきた。自分の足跡を枝葉を箒にして消しながら……。なんという孤独だろう。
でも、最後はふらふらになって白人の前に姿を現した。 石器時代から鉄道が走る近代へ飛び移った。

「イシ」の孤独は20年間。
「クジラ52」の孤独はすでに33年間。

いずれにしても深くて大きい孤独。

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