歌人の穂村弘が「WIRE」のなかでぼそぼそ言っている。
「電灯ができただけで、たとえばホタルの光を歌に詠む力が失われていくわけです。明かりというものが太陽と月と星と炎しかなかった時代のホタルの短歌は鮮烈です。でもわれわれはもっとすごい人工の明かりをたくさん知っているから、ホタルがいくら天然モノですごいと頭の中で補正しても、本当には没入しきれないんですよね」
ま、言っていることは分かる。
失ったかもしれないものも沢山あることも確かだ。
田んぼの横の排水路でザルで掬うドジョウやフナ。ただ酸っぱいだけのグースベリーの収穫。原野に立ち上る乾燥させたピート(泥炭)の塊を燃やす紫の煙。本当に寒い夜に雪を蹴ると、雪と雪が擦れて奏でるかすかな音楽。……
それらを惜しんでばかりいてもしょうがない。
真冬の北海道へ野暮用で行ったことがある。
生まれ故郷であった。
ログキャビン仕立ての宿の道を隔てた向こう側がゲレンデになっている。
バブルの頃、いいわいいわで作ったらしい。煌々とライトは点いているが、人の子ひとりいない。
閑古鳥がカアーカアーと鳴いている。
そのゲレンデ自体が〝巨大な蛍〟に見えた。
冬の蛍。
マイアミからNYへ赴いた。トロピカル・ストームのなかジェット・コースターのようなスリリングなフライト。やっとのNY上空で相当に待たされて、雲の隙間から見えたマンハッタン島は灯りで息づいている強大な蛍であった。
マンハッタンの蛍。
蛍は世界のどこにでも棲息している。
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