転校生


中学3年生のとき、何人かの転校生がやってきた。そのなかの一人は色が抜けるように白く、目がブルーの女子生徒であった。多分、どこかの代で「白系ロシア人」の血が混じったのだと思う。その上、頭もとても良かった。彼女は一瞬で男の子たちを虜にした。私も例外ではない。でも、クラスは違うので、屋外グラウンドでの運動会の予行練習などの折に見かけるだけ。それだけでドキドキしていた中三の春。

だが、女の子たちはそう単純ではない。このエイリアン(異邦人)にそうそうは優しくなかった。今ならさすがに大人になったので、直ちに分る。彼女は嫉妬されたり、イジメを受ける要素はたっぷり持っていた。

もうそろそろ夕暮れが迫るグラウンドの中央にマスゲームの練習の後かなにかだったのだろう。彼女を含めた4〜5人がいて、あまり平和じゃなさそうな話をしているなということが、不思議なことに遠目にも分かった。150メートルは優に離れていたが、その不穏さは空気を伝わって来た。
イジメ役のボスはお世辞にも可愛くもなく頭も悪い子であった。唯一つ優れていたところは、オマセというか大人びていたというだけの娘だった。そのオマセのスケバンが左右に子分を従えてイチャモン(だろう)をつけている。
……そこへ駆け寄り、(何やってんだよ?!止めろよ)と言って彼女を助けたかった。あの時代それをやるのは奇矯なことだろう。(いや、今でもあり得ないだろう)……

と、そのドブスが転校生の女子生徒の胸の辺りをドン!と突いて、すぐにくるり!と回れ右をして、家来とともに意気揚々と校舎へと戻っていった。黄昏がさらに迫って来てやや薄暗くなったグランド中央に一人ぽつんと残された美少女。彼女は本当に寄る辺なく儚げにぼんやりと佇んでいた。心が潰れてしまったんだなって思った。そのまま、じっと動かずに10分くらいは魂が抜けたように立ち尽くしていた。
その間の私は、何をやっていたかは忘れたが、とにかく何かをやっているフリをしながら、彼女の姿を盗み見してたのだと思う。やがて、彼女はとてもゆっくりゆっくりと学校へ、……多分更衣室へと歩いていった。それはまるで擬態語の “とぼとぼ”を映像にしたようだった。

その後、彼女は私とは違う高校へ進み、教育大学へ行き、小学校の学校の先生を全うしたと風の便りが教えてくれた。いまは北海道の十勝平野の帯広に住んでいるという。その何にもしてあげられなかったということが、ずっと澱のように心の底に沈んでいた。
思い切って手紙を書いた。会ってあの時のことを謝りたいと伝えた。彼女から返事が来た。「そんなこと、全く覚えていない」と。いつもこうだ。……だが、そういうふうに自分の少女時代を覚えていてくれているのは、すごく嬉しいと慰めが添えられていた。

このメモリーの男女の差異をネットで有名な言葉が鮮やかに解剖してくれている。

「女は『上書き保存』で、男は『名前を付けて保存』だ」

女は次々とメモリーが上書きし日々新たになるけど、男は女々しくいつまでもメモリーを保存しておく。名前まで律儀につけて。どうも男と女ではメモリーのメカニズムが根本的に違うみたいだ。

でもとにかく、半世紀以上の時空を超えて、彼女は所用に併せて帯広から札幌まで出てきてくれるという。こちらは羽田から新千歳へ。
その日は11時30分の約束なのに、10時30には待ち合わせ場所の札幌駅前のカフェにいる。彼女が定刻にカフェの入り口に。こちらは瞬間で分かったけど、彼女はこちらを識別できないで目がずっと泳いでいる。

いつもこうだ。

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