Mという娘

【こんな話】

一時期、外資系の会社にいたことがある。で、こういう会社の流儀は互いの呼び名もファーストネームで呼ぶ。
「M」と呼ばれていた若い女性がいた。フランスからの帰国子女。美人でおしゃれで仕事ができて、時代の風って彼女から巻き起こっているんじゃない?って思うくらい。
アルファベット一字というのは永年の友人のアメリカ人に「H」というのもいるし、FOXTVのNCIS/LAには「G」というのもいるから、それほどの違和感はなかった。そして、彼女のケースは「みちこ」とか「みさこ」の頭文字の一字をニックネームのように呼んでるいるんだろうと思っていた。

その彼女とお茶をしたときに、

「ところで、エムってなんの略なの?」

「なんの略でもないの。本名です。漢字では『絵夢』というの」

「ほほう!……誰が付けたの?」
「父です」

 Mの父親は絵を志してパリに渡ったが、やがて自分の才能に見切りをつけ、ヒッピーをやっていた。そのうちに彼女の母親になる人と出会った。その人と生まれてくる子を養うためにカタギの勤め人になった。 そして、娘が生まれたとき「絵夢」と名付けた。託したのは「絵の夢」なのか「夢のような絵」だったのか……。


「でも、父はフランス語を大してできなかったので、こんな名前を付けたんだと思います。フランス語でEMUというのはオーストラリアにいるダチョウのような『エミュー』のことなんです」

「むむむ。可愛い娘にわざわざコンドルとかドウドウ鳥ってつける父親っているはずないよね」
「そうだと信じています」
「名前でイジメには会わなかった?」

「最初はちょっとね。……でもすぐに名前覚えてくれるし、ユニークだしかえってよかったかな?って」

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