「葡萄の発酵中は酷いものだが、とどのつまりはワインになる」
ゲーテの『ファースト』のなかの言葉です。
【ショートエッセイ】
ブドウの原産地とされるコーカサス地方やカスピ海沿岸でヨーロッパブドウの栽培がすでに紀元前三千年ごろには開始されていました。それとほとんど期を一にしてワインの醸造は始まったといわれています。それがメソポタミア、古代エジプトを経て、ギリシャ、ローマと受け継がれ、西洋文明と表裏一体の関係で愛されてきました。
なぜブドウだけが酒にされたのでしょうか。果物の中で糖度が高く、その上その糖分を餌にしてアルコール分解する酵母がブドウの皮に棲み着いているというのです。すなわち、潰して放っておけば勝手にワインになってしまう。そしてさらに、雨が少なくて昼夜の気温差が大きい場所で、水ハケが良くて砂混じりの土壌……つまり〝痩せた土地〟がブドウに適しているというのですから、ブドウというのは神から人への贈り物の一つだと思います。
あ、人と言ったが、木の股などに溜まった葡萄が発酵したワインを猿たちは飲んでいたと思う。
アメリカのカリフォルニアン・ワインのメッカである「ナパバレー」(サンフランシスコのちょっと北)へ1980年代の半ばに行ったことがあります。
残念ながら私は折り紙付きの「下戸遺伝子」の血統です。それが渓谷に点在するワイナリーで「シャルドネをどーぞ」などと試飲を勧められるのも、まさに「猫に小判」です。
とりわけ、赤ワインの発酵タンク……赤ワインは皮ごと種ごと発酵させるので、あのワインレッド色が出てくるですが、それらを炭酸ガスがぶくぶくと表面まで押し上げて、なんとも酷いことになっていました。
でも、「とどのつまりは馥郁たるワインになる」のです。
「年を経てワインのように立派になると思っているが、せいぜい酢になるのがオチよ」という悪態があります。
大いに結構。ブドウから作られる「バルサミコ酢」が私は大好きです。
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写真①:ナパ渓谷のワイナリーの一つ。写真②:ワイン用の葡萄
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