空蝉

物置の裏手で滅多に行かないところに、網戸が放置されているのだが、そこに4匹の「空蝉」。蝉は地中で幼虫時代を木の根からの樹液を吸って過ごす。それも9年とか13年もの長い間。そして地から這いずりでて、最後の脱皮で空を飛ぶ。残された抜け殻が「空蝉」。

そして慌しく異性を求め鳴き、卵を産んで死ぬ。その間わずか2,3日。なんという“人生”だろうか。 そんな無常とか切なさを感じてなのか、蝉の抜け殻ごときに昔の人は深く心を寄せる。  この「空蝉」に“この世の人”とか“人の生きている世”などの意味さえあるのに驚いた。

それはどうやら古語の「現人(うつせみ)」という同音異義語を蝉の抜け殻に重ねているらしい。オシャレといえばオシャレ。哲学といえば哲学。

「空蝉」と言えば、『源氏物語』の光源氏の女性のひとりの名前で有名である。小さくて痩せていて、それほど器量もよくない人の妻。物腰と気配がよかったと描写されている。その人妻は光源氏からの口説きに心を波立てながらも、その魔の手(もしくは愛の手)から逃れて、夫の任地に向かう。

それにしても紫式部のネーミングのセンスは光る。自身のペンネームも含めて……。光源氏といい、藤壺、夕霧、葵の上そしてこの「空蝉」。“一度お会いしたい”と思ってしまう。そして会えば、“やはり……なぁ”と思うのだろうな。名前が予め人物描写を半分くらいはしているのだから。
 
この4匹は、ちゃんと遺伝子を繋いだのだろうか。地中のベッドに幼子を置いてきたのだろうか?


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