【ショート・エッセイ】
木々の葉が紅く黄色く変化している木立のなかを歩いていた。
友が「あの紅葉の色って滅びて死んでいくときの色なんだよね……」と、
こちらへ聞かすわけでもなく、自分に聞かすかのように呟いていたっけ。
いよいよ、その林の中の道を行き交う人も途絶え、
自分の足音だけが反響するように思えた。
向こうから男らしい影が一つやってくる。
……若くはない。
軽く会釈して、すれ違おうとしたときに、その男が 、
「今は何時ですか?」
と尋ねた。
「2時10分前です」
と答える。
「そうですか……。じゃ、時間とは何ですか?」
「!?……」
急に周りの紅葉の色が飛び、風景がぐにゃりと歪んで変質して、
どこか異次元の世界へ連れていかれそうになる。
たたらを踏んで……
「一度にすべてのことが同時に起こらないために、時間はただ存在するのです」
とアインシュタインの言葉を借りて辛うじて答えた。
それを聞いて、彼はふっ!と片頬だけで微かに笑い、
無言のまま踵を返して道なりに曲がって行き、姿が見えなくなった。
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